Phacmを用いた環境にやさしいシステイン保護化

Phacmの利点は、Acmと同等の安定性と直交性を示し、PGA存在下で水によって容易に脱保護される点です。溶解性向上のためのアセトニトリル等の共溶媒の添加も可能です。水:DMSO=80:20の混合溶媒を用いることで脱保護および環化反応をワンポットで行うことができ、反応は通常およそ16時間~24時間(37℃、pH7)以内に完了します。



PGA(Penicillin Acylase, Penicillin Amidohydrolase、分類名:Penicillin amidohydrolase, E.C. 3.5.1.11;アクリル樹脂に固定したE. coli由来Penicillin G Amidaseとして用いられることが多い)は、フェニル酢酸(PhAc)に対して極めて特異的な活性ポケットを有しています。

商業的用途としてはほとんどがpenicillin API 6-APAの生産の際のフェニルアセトアミド結合の加水分解に使用されます(De Martin et al., J. Mol. Catal. B:Enzymatic 1999; 6: 437)。またPhacmの加水分解およびシステインの脱保護についてPGAを使用可能であることは、1995年にAlbericioらにより、天然のPGAを使用して見い出されています。

現在ではPGAは固定化された製品として入手することができ、固定化PGAならば簡単な濾過によりPGAを反応混合物から分離し、何回も再使用することができます。

Phacmの利点は、Acmと同等の安定性と直交性を示し、PGA存在下で水によって容易に脱保護される点です。

溶解性向上のためのアセトニトリル等の共溶媒の添加も可能です。水:DMSO=80:20の混合溶媒を用いることで脱保護および環化反応をワンポットで行うことができ、反応は通常およそ16時間~24時間(37℃、pH7)以内に完了します。

Boc-Cys(Phacm)-OH/Fmoc-Cys(Phacm)-OHの環境低負荷な特徴

✔ 毒性がある脱保護剤を使用しない

✔ 水中で脱保護を行えるため、毒劇物性の有機溶媒の廃棄物を生じない

✔ 固定化されているためPGAを何回も再使用でき、低コスト

Acmの欠点の1つは、切断の際にAcm基がチロシンおよびトリプトファンの電子豊富な芳香族環をアルキル化する傾向があることで、Fmoc-Cys(Acm)-OHをビルディングブロックとして用いた合成は、配列(1)を合成しようとすると、高い濃度でその下3種類の副生成物を生じます。

Ala ‒ Cys ‒ Phe ‒ *Trp*‒ Lys ‒ Tyr ‒ Cys ‒ Val …(1)

Ala ‒ Cys ‒ Phe ‒ *Trp(Acm)*‒ Lys ‒ Tyr ‒ Cys ‒ Val

Ala ‒ Cys ‒ Phe ‒ Trp ‒ Lys ‒ *Tyr(Acm)*‒ Cys ‒ Val

Ala ‒ Cys ‒ Phe ‒ *Trp(Acm)*‒ Lys ‒ *Tyr(Acm)*‒ Cys ‒ Val

図2. 産生される副生成物

PGAを用いてPhacmを除去する反応は穏やかに進行し、特異性が高いため付加物の形成は起こらず、目的とする環状ペプチドが高収率で形成されます。

スペクトルで見るAcmとPhacmの反応の差異

オルソゴナル(直交)とは

ここでいう直交とは“相互の反応条件で反応しない”ことを指します。たとえば、Boc基は酸で脱保護が可能ですが、接触還元では安定です。反対にCbz (ベンジルオキシカルボニル) 基は、接触還元で脱保護できますが酸には基本的に安定です。

システイン保護にPhacmを使用する合成上の利点

1997年に海洋生物から単離されたcyclothiodepsipeptide thicoralineは、強力な抗腫瘍活性があることが確認されています。

4個のN-メチル化アミノ酸が存在し、これらのうち2個がD立体配置の中にあることにより、DNAビス挿入発色基をマスクします。この化合物は構造を極めて複雑なものにするいくつかの特徴的な部分構造を保有しています。

特に、多数のCys、連続するN-メチルアミノ酸と、2つのチオエステル部分が隣接するジスルフィド架橋により形成される二環構造の存在により、合成は非常に難しいものとなります。Albericioらは保護基を組織的に配置することによる合成法を確立しました。

この合成法の特徴はフェニルアセトアミドメチル(Phacm)基を使用することで、これにより非常に穏やかな条件、すなわち水溶液中で酵素penicillin G acylase(PGA)により切断可能になります。

Phacmを用いる合成戦略用試薬


表1. 試薬リスト
コード 製品名 分子式 CAS 分子量 名称
BAA6390.0005 Boc-L-Cys(Phacm)-OH C17H24N2O5S 57084-73-8 368.45 5g N-alpha-t-Butyloxycarbonyl-S-(Phenylacetylaminomethyl)-L-cysteine
BAA6390.0025 Boc-L-Cys(Phacm)-OH C17H24N2O5S 57084-73-8 368.45 25g N-alpha-t-Butyloxycarbonyl-S-(Phenylacetylaminomethyl)-L-cysteine
BAA6390.0100 Boc-L-Cys(Phacm)-OH C17H24N2O5S 57084-73-8 368.45 100g N-alpha-t-Butyloxycarbonyl-S-(Phenylacetylaminomethyl)-L-cysteine
FAA6910.0005 Fmoc-L-Cys(Phacm)-OH C27H26N2O5S 159680-21-4 490.57 5g N-alpha-(9-Fluorenylmethyloxycarbonyl)-S-Phenylacetylaminomethyl)-L-cysteine
FAA6910.0025 Fmoc-L-Cys(Phacm)-OH C27H26N2O5S 159680-21-4 490.57 25g N-alpha-(9-Fluorenylmethyloxycarbonyl)-S-Phenylacetylaminomethyl)-L-cysteine
FAA6910.0100 Fmoc-L-Cys(Phacm)-OH C27H26N2O5S 159680-21-4 490.57 100g N-alpha-(9-Fluorenylmethyloxycarbonyl)-S-Phenylacetylaminomethyl)-L-cysteine
EZ60030.0100 Immobilised-PGA 100g Penicillin G Amidase from Escherichia coli immobilised on Resin

参考文献

▷ Judit Tulla-Puche, Miriam Góngora-Benítez, Núria Bayó-Puxan, Andrés M. Francesch, Carmen Cuevas, and Fernando Albericio; Enzyme-Labile Protecting Groups for the Synthesis of Natural Products: Solid-Phase Synthesis of Thiocoraline; Angew. Chem. Int. Ed. 2013; 52: 5726-5730. DOI: 10.1002/anie.201301708.

▷ M. Góngora-Benítez, A. Basso, T. Bruckdorfer, J. Tulla-Puche, F. Albericio; A green strategy for the synthesis of cysteine-containing peptides; Poster Exhibition 22nd American Peptide Symposium, San Diego 2011.

▷ Miriam Royo, Jordi Alsina, Ernest Giralt,Urszula Slomcyznska and Fernando Albericio; S-Phenylacetamidomethyl (Phacm): an orthogonal cysteine protecting group for Boc and Fmoc solid-phase peptide synthesis strategies; J. Chem. Soc. Perkin Trans. 1995; 1095-1102.